東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4652号 判決 1989年8月29日
原告 木本利幸
右訴訟代理人弁護士 鈴木善治
右同 中島茂
被告 サニーペット株式会社
右代表者代表取締役 若林孝太郎
右訴訟代理人弁護士 高橋庸尚
主文
1 被告は、原告に対し、金一八〇万円及びこれに対する昭和六三年五月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告その余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを二分し、それぞれ各自の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、三六〇万円及びこれに対する昭和六三年五月一七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 (争いのない事実)
原告は、昭和六〇年一一月一日ころ、被告から家庭用サウナ一式を購入した者であるが、原告の顔写真と実名の入った被告製品の広告が、次のとおり計一二回にわたって新聞に掲載された(以下「本件広告」と総称し、各個の広告は番号で特定する。)。
(番号) (掲載日) (掲載紙)
1 昭和六〇年一一月二六日 朝日新聞朝刊
2 昭和六〇年一一月三〇日 読売新聞朝刊
3 昭和六〇年一一月三〇日 毎日新聞夕刊
4 昭和六〇年一二月二日 日本経済新聞朝刊
5 昭和六〇年一二月五日 毎日新聞朝刊
6 昭和六一年一月九日 日本経済新聞朝刊
7 昭和六一年三月一八日 日本経済新聞朝刊
8 昭和六二年一〇月二一日 毎日新聞夕刊
9 昭和六二年一〇月二六日 静岡新聞朝刊
10 昭和六二年一〇月三〇日 読売新聞朝刊
11 昭和六二年一一月一四日 東京中日スポーツ
12 昭和六二年一二月一二日 東京新聞朝刊
右のうち、番号1ないし7の広告には、原告の顔写真が他の一〇〇名程度の人の顔写真と並べて使用されており、番号8ないし12の広告には、原告の顔写真が単独で、かつ、縦一〇cm、横八・五cm程度の大きさで使用されており、原告が「一週間に一度は、街のサウナに通っていました……サウナの良さは一口では言えませんが、毎日仕事が忙しいんで子供となかなか遊んでやれないんです。だから子供と一緒に入るサウナが一番の楽しみ。家族みんなが健康になれる、こんなにいいものは他にないと思います。結局、安い買いものでしたね」という趣旨の発言したかのような記載がある。
二 (原告の主張)
原告は、被告から、原告の顔写真を広告に使用したい旨の申入れを受けたけれども、読売新聞一紙に一回だけ、原告以外の一〇〇名程度の消費者全員と並べてごく小さく(およそ縦二cm、横一・五cm)載せるという条件で使用を許諾したにすぎないし、広告に記載されたような発言をしたこともないから、被告の本件広告掲載行為は、右合意の範囲を著しく越えた債務不履行か、又は原告の肖像権、氏名権を侵害する不法行為であり、慰謝料三〇〇万円及び弁護士費用六〇万円と商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
三 (被告の主張)
本件広告は、原告が被告の広告に協力するという合意に基づいてなされたもので、写真の使用形態について原告が主張するような制限はなかった。また、被告は、原告から掲載中止の申入れを受けた後、時間的に掲載中止が困難だったものを除き、その要求どおり掲載を取り止めているから、被告に落度はない。
第三争点に対する判断
1 被告において顧客の顔写真を使用したサウナの広告を企画しているということは、被告の販売担当者であった白鳥憲一が原告宅にサウナを据え付けにきたときに出た話であるが、その際、白鳥は、原告に対し、読売新聞に一度、他の大勢の購入者と一緒に並べて小さく扱うだけなので、原告の顔写真を使わせて欲しいと要請し、その当時静岡県内に居住していた原告は、近所や勤務先の同僚等の中に読売新聞を購読している人がそれほど多くなかったため、右のような形であれば、自分の写真入りの広告が出ても知人の目に止まることはほとんどなく、問題はないだろうと考えて白鳥の右申出を承諾し、白鳥が原告の顔写真を撮影した。
《証拠省略》
2 もっとも、証人白鳥憲一は、原告に対し、顧客の意見を載せるので、サウナについての率直な感想を述べて協力して欲しいと頼んだところ、原告は顔写真の使用を快く承諾してくれた旨証言しているけれども、このことから直ちに、被告が主張するように写真の使用方法に限定がなかったものと推認することはできないし、また、広告用の写真提供に協力したとの一事をもって、広告への写真掲載についてある程度の包括的な承諾があったものとみなすことも到底できない。しかも、およそ包括的に写真の使用を許諾することは、依頼者と許諾者との間に親密な関係があるなどの特段の事情がない限り考えにくいところ、かえって、同証言によっても、原告と白鳥が会ったのは購入申込み時と据付け時の二回だけで、写真使用の要請があった時点で、原告は被告から購入したサウナをまだ使用していなかったこと、顔写真の使用について謝礼や代金の値引きといったサービスは一切なかったこと、原告は、番号8以降の広告に記載されたような感想を全く述べていないこと、被告は、原告に対し、番号8以降の広告掲載に先立って、従前と違う形態で顔写真を使用するといった連絡を一切しなかったことが認められるから、被告の主張は採用できない。
第四損害
1 人がその意思に反して氏名を使用されず、また肖像を他人の目にさらされずにいられる自由は、法的保護に値する利益である。
2 ところで、知人から本件広告の掲載を知らされた原告は、苦々しく思いながら我慢していたものの、番号9の広告で顔写真が大きく取り上げられているのを知ったため、昭和六二年一〇月二六日、白鳥及び被告の本社に電話で抗議をし、掲載の中止を申し入れたところ、被告の高橋三栄取締役から中止の手配をするとの回答をえたものの、その直後に番号10の広告掲載を発見したため、再度被告の本社に事情の説明を求めたが、被告からは何の連絡もなく、やむなく中島弁護士に解決を依頼した。
同弁護士は、被告に対し、同年一一月七日到達の内容証明郵便をもって掲載中止を求めたが、なお番号11の広告が掲載され、更に、同月一六日、電話で直接高橋取締役に抗議をし、掲載中止と事情の説明を求めたのに対し、高橋取締役は、原告の抗議電話及び同弁護士の書面を受けた時点で掲載中止の手続きをとっており、なお再確認してみると回答したが、その後も番号12の広告が掲載されたため、ここに至り原告は、とうとう本訴提起を余儀なくされた。
この間、本件広告が原告の近隣や勤務先の同僚等の知るところとなり、原告は、いい金儲けをしているなどと冷やかされ、あるいは上司から私的なアルバイトを原則として禁止している会社の規則に違反していると厳しく注意され、そのたびに誤解を解くために苦労しているほか、原告の家族も近所から不評を買った。
《証拠省略》
右事実によれば、原告が最初に掲載中止を申し入れてから、番号12の広告掲載まで一か月以上の時間があったのであるから、時間的に掲載中止が困難だったなどという被告の弁解は通らない。
3 加えて、本訴において、被告は、和解や証拠調べの期日に会社の責任者を同行すると伝えながら、それを実行しなかったことが一度ならずあり、また、裁判所の呼出しにもかかわらず高橋取締役を証人として出頭させないなど、極めて規範意識に乏しく、しかも、和解期日に出頭した高橋取締役をして、本件はいったん写真を提供しておきながら、後から難癖をつけて慰謝料名目で多額の金員を取得しようという原告の策略であると一蹴させるなど、事実関係を速断してその正確な把握を怠り、紛争の早期かつ終局的な解決への積極的姿勢を全く示さなかったことも、当裁判所に顕著である。
4 以上の事実、その他本件審理の経緯及びそこに顕れた一切の事情を考慮すると、被告の本件不法行為によって被った原告の精神的損害を慰藉するのに相当な金額は一五〇万円、本訴追行のための弁護士費用は三〇万円が相当と考える。
なお、制限付で写真の使用を許諾した場合、同時に、制限を越えた使用をしない旨の契約がなされたとまでいうことはできず、被告の本件広告掲載行為を契約上の不作為義務違反と見るべきではないから、原告の商事法定利率による遅延損害金の支払請求は失当である。
(裁判長裁判官 大澤巖 裁判官 土肥章大 萩本修)
<以下省略>